蛋白質科学(構造生物学、生化学)チーム
Protein science
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寿野 良二
創薬を目指したGタンパク質共役受容体(GPCR)の構造解析
現在上市されている医薬品の約30%はGPCRをターゲットとしている。GPCRは細胞外からの生理活性物質(神経伝達物質やホルモンなど)と結合すると細胞内の種々のシグナル伝達因子(G蛋白質やアレスチン、キナーゼなど)と結合し、それらを活性化する。GPCRの立体構造を明らかにすることは、シグナル伝達の分子機構の解明だけでなく、GPCRに結合する医薬品開発に貴重な情報を提供することができる。しかし、ヒト膜受容体は構造が不安定なため、構造解析が困難であった。我々はタンパク質安定化技術を含んだ様々なタンパク質科学の知見を用いて、これまで様々なヒトGPCRの構造を決定してきた。現在も引き続き、様々なGPCRの反応状態の構造をX線結晶構造解析とクライオ電子顕微鏡単粒子解析によって明らかにし、複雑なシグナル伝達の分子機構の解明を目指している。また、医薬品化学や分子動力学などを専門とする共同研究者と積極的に共同研究を継続しており、我々の構造生物学を含めた蛋白質科学の技術を薬剤開発へ貢献したいと考えている。
①反応状態安定化変異を用いたGPCRの構造解析
これまでに木下正弘教授(京大・エネ研)が開発した理論計算に基づいて提案された構造安定化変異体を用いて、GPCRの構造を安定化して構造解析が困難なターゲットの構造を決定してきた(ムスカリンM2受容体やプロスタグランジンE2受容体EP4)。今後も引き続き、野生型では構造決定困難なターゲットについて安定化変異体を用いて構造を決定し、シグナル伝達機構やリガンドの作用機序の解明を目指す。②GPCR−シグナル伝達因子のクライオ電子顕微鏡による単粒子解析
現在力を入れているのは睡眠・覚醒に関わるオレキシン受容体の構造解析である。オレキシン1受容体はPTSD、薬物依存、情動に与える影響が注目されている。一方、オレキシン2受容体は睡眠障害疾病であるナルコレプシーに関わることが知られており、その作動薬は治療薬として期待されている。我々は選択的アンタゴニスト(EMPA)結合型の不活性型構造を決定しており、引き続き作動薬結合型構造決定を目指してきた。作動薬結合状態のオレキシン2受容体とシグナル伝達因子との複合体構造情報をクライオ電子顕微鏡単粒子解析によって得ることで、作動薬による活性化メカニズムの解明とナルコレプシー治療薬開発に貢献したい。連絡先 E-mail: sunory [at] hirakata.kmu.ac.jp ([at]を@に変えてご使用ください)
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寿野 千代
オピオイド受容体ーシグナル伝達因子複合体構造解析
GPCRの一種でうつ病や依存症などの疾患の薬物ターゲットで、緩和医療に用いられる医療用麻薬の受容体であるオピオイド受容体をターゲットにしてます。作動薬結合状態のGタンパク質及びアレスチン複合体構造を決定、比較することで得られる2種のシグナル伝達因子結合状態の構造情報から、様々な作動薬によるシグナル伝達機構のメカニズムを解明したいと思います。タンパク質の立体構造解析の手法は、X線結晶構造だけでなく、近年、構造決定のスピードを促進しているクライオ電子顕微鏡単粒子解析の2つで実施します。2つの組み合わせによる”迅速"な構造決定によって得られる構造情報によって、薬剤開発に貢献できる情報を提供したいと思います。 -
神経科学
Neurology chemistry
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片野 泰代
我々が体験する痛みには、警告信号として機能する急性の痛みと、生理的意義を持たない病態としての痛みがあります。病態としての痛みは長期にわたり継続する「慢性疼痛」であり、完治は困難です。このような病態がいつ、どのように発症するのか、どうすれば治すことができるのか、その方法を探すために研究をおこなっています。 脊髄後角は、末梢からの刺激が最初に入力する場であり、ここでは多様な神経あるいはグリア細胞による複雑な調節機構が存在します。慢性疼痛時には痛みを増強する分子発現変化や回路の再編成が生じます。これまでに、このような伝達効率の変化が生じる炎症性あるいは神経障害性など複数の疼痛モデル動物を用いた解析を行い、AMPAあるいはNMDA受容体のサブユニット編成や、翻訳後修飾について明らかにしてきました。さらに、疼痛病態に関わる新規生体分子を、脊髄後角の後シナプス肥厚部(post synaptic density; PSD)画分を用いた網羅的プロテオミクス解析によって同定してきました。近年、神経障害性疼痛モデルマウスの脊髄後角PSD画分で、有意に増加するタンパク質Brain-enriched guanylate kinase-associated protein(BEGAIN)とCASK interacting protein 1(Caskin1)を、新規の疼痛関連分子として同定しました。そして、BEGAINの欠損が、慢性疼痛の一つである神経障害性疼痛の発症を抑制すること、またCaskin1の欠損では、侵害刺激(急性痛)の感受性を亢進させることを明らかにしています(図)。これらの分子機能を解明することで、疼痛伝達機序や新しい鎮痛薬の開発につながることが期待できます。 他方、生体内ではタンパク質分子以外にも、慢性炎症性疾患に由来するDAMPsや、運動依存的に遊離されるマイオカインやオステオカインのような、病態あるいは健康維持に作用する機能性分子が近年明らかにされつつあります。そしてこれらの内在性のリガンドが刺激依存的に遊離し、生体機能を調節することが予想されています。しかしながら、これらの全体像も特定病態での特異性についてもは殆ど明らかにはされていません。 本年度から医化学講座は、京都大学藤田大士先生を代表とした先端的バイオ創薬等基盤技術開発事業において「拡張結晶スポンジ法によるタンパク質の革新的分子構造解析」の研究課題で採択されました。本申請課題内では、本講座の推進する疼痛研究の一端として疼痛制御活性を有する新規内在性リガンドの探索・同定を目指します。内在性リガンドの探索には、これまで本講座でおこなってきたマウス疼痛モデルからだけではなく、学内バイオバンクを活用した患者検体からも行います。疼痛症状だけではなく、特定疾患特異的な内在性リガンドの同定は、疾病機序の解明と、バイオマーカー開発にも大いに期待できます。さらに、同定された低分子リガンドの結合した受容体などの標的タンパク質の構造解析を試みることで、構造をベースとした創薬基盤の構築をめざします。 -
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西田 和彦
脊髄後角は一次求心性線維により伝達される感覚情報の中継と情報処理に重要な役割を果たす部位です。体の特定の領域の体性感覚情報はそれに対応する体節の脊髄後角に伝達され、そこで情報処理されるとこれまで考えられてきました(デルマトーム)。しかしながら、感覚の局在が不明瞭な内臓痛等の感覚情報は複数の体節に渡る広い脊髄領域に伝達されることから、それらの広い領域を連絡する神経回路が感覚情報処理に関与する可能性が考えられます。 そこで、第一に脊髄内の長距離を連絡する「脊髄内長距離ニューロン」に着目し、脊髄内の局在パターン、マーカー分子の同定を行うとともに、その神経機能を選択的に遮断する系の確立を試みています。第二にがんに伴う内臓痛に着目し、内臓痛の脊髄内感覚情報伝達に「脊髄内長距離ニューロン」がどのような役割を果たしているのかを調べています。 実験技術としては、脊髄後角ニューロンの各サブタイプを特異的に標識する遺伝子改変マウス、脊髄後角ニューロンに特異的に目的遺伝子を導入する子宮内電気穿孔法、アデノウイルス発現系、マウス脊髄への軸索トレーサー導入、および体性感覚の受容と伝達を評価するマウス行動解析系を用いて、幅広い角度から解析しています。 -
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井上 明俊
アトピー性皮膚炎、老人性乾皮症、慢性腎不全などの病気に伴う痒みは睡眠障害や集中力の低下など、日常生活に大きな支障をきたします。このような慢性的な痒みは、慢性疼痛と同様に治療を必要とする深刻な症状として認められており、痒みの神経機構を理解し、痒みをコントロールすることが重要です。現在、痒みの神経機構のを明らかにするために、2つのテーマに取り組んでいます。1つ目は、まだよく分かっていない脊髄から脳における痒みの伝達経路を明らかにすること、 2つ目は、痒みの治療薬開発に向けて、痒みに関わる分子の立体構造を明らかにすることです。この2つのテーマの達成に向けて、生化学的解析、構造生物学的解析、マウスを用いた行動実験など様々な研究手法を組み合わせて実験を行っています。 -
化学
Chemistry
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中川 学
世界に先んじて超高齢社会を経験することになった日本であるが、高齢者の健康維持は喫緊の課題で す。病気になってからではなく日々の生活の中で健康維持に役立つ栄養成分や食材を摂取する習慣 が身に付けば、高齢者自身のQOLの向上のみならず最終的には社会全体の幸福につながるものと思わ れます。そこで、生化学的なエビデンスに裏付けられた、高齢者で問題となっているサルコペニアの防 止や便秘の改善などに効能を持つ新規醗酵食品の開発を目指しています。 -
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前野 覚大
芽胞形成菌に分類されるバクテリアは生育に不適当な環境に置かれると、ストレス刺激に対して強い抵抗性を示す“芽胞”を形成します。これらはしばしば加工食品・医薬品の製造過程における細菌汚染、あるいは院内感染にも繋がる重篤な感染症を引き起こすが、この芽胞を微生物学的に制御する方法は未だ確立されていません。これに対して、近年、“中程度の圧力処理と温度処理の組み合わせ”による高い芽胞殺菌効果が現象論的に示されたが、より分子論的なアプローチとして圧力下でNMR測定が可能な高圧NMR法をモデル芽胞(B. subtilis)に適用し、加圧前処理に伴い生じる耐熱性消失と相関のある成分変化をリアルタイムで観測することに初めて成功しました。現在、この方法論の対象を病原性細菌の芽胞へと拡張し、高圧NMR法による芽胞ストレス応答の分子論的解析ならびに各種顕微鏡法による形態学的解析を基軸に、分析化学・生化学的手法と合わせた多角的なアプローチにより、病原菌芽胞不活性化における分子基盤の解明および汎用性の高い新規芽胞殺菌技術の開発を目指しています。 -